【11月9日開催】発音指導者養成講座・説明会

【専修大学三浦先生】イギリス便り ~ハイランド訛り~

folder_openイギリス英語, 三浦先生の英語音声学

今月上旬にスコットランド・ハイランド(高地地方)の発音変種(訛り)を調査して来ました。今はロンドンにいます。今年は日本も暑い夏ですが,近年はヨーロッパにも熱波が流れ込んで気温が上昇しています。ハイランド英語の調査拠点としたインヴァネスでも28℃という9月の最高気温を更新しました。おかげで方言調査にも支障を来しました。

インヴァネスはネス湖観光の中心地なので,街中が観光客であふれかえっていました。地元の人たちは商売に忙しく,商店やバスターミナルや鉄道駅の職員たちにはのんびりと話をしてくれる人がいませんでした。以前,同じ時期にインヴァネスを訪れた時には街は閑散としていて,道行く人々はコートやマフラーに身を包んでいました。9月のハイランドで気温が20℃を超えるなんて信じられませんでした。

この熱波は近年の現象なので,宿泊していたロイヤル・ハイランドという1859年創業の老舗ホテルにはエアコンがありませんでした。デスク上にシルバーに輝く,新しい小さな扇風機が置かれているだけでした。真夏を除いてほぼ一年中,ボイラーによるセントラル・ヒーティングをしているので,クーラーがないのです。

学術研究用の音声収録は,地元で生まれ育った協力者を公立図書館の会議室に招いて行ったのですが,その収録前に,日本から用意して行った調査用「語彙リスト」を補完するために,大勢の地元の人たちと会話をしました。彼らは観光客にとても親切なので,私は首からカメラを提げて,手にはタウンガイドを持って,ツーリスト・インフォメーションの案内係や博物館の学芸員に,観光名所や町の歴史などを片っ端から質問してみました。

インヴァネスから車で東へ15分ほど走った所に,カローデン・ムーア (Culloden Moor) があります。ここは1746年4月16日にイングランド政府軍がジャコバイト反乱軍を全滅させた古戦場です。ここに2007年に映像と展示による博物館 (Culloden Battlefield Visitor Centre) がオープンしました。現地で得たこの情報は役に立ちました。この話を話題にしてわかったことは,battle や battlefield の / t / を [ t ] と発音する人がいないということです。だれもが [ ʔ ] と声門閉鎖音を使っていました。元はコックニー (Cockney) の発音法で,現在の GB(一般イギリス英語)に広まりつつある発音です。英語音声学では「声門音による置換」(glottal replacement) と呼びます。彼らは無意識にこういう発音をしているので,「battle の / t / を [ t ] では発音しないのか?」と尋ねても,「そのように発音している」と答えるだけです。これら2語はすぐに調査用語彙リストに加えましたが,案の定,すべての実験協力者の発音が声門閉鎖音でした。この地域はGBの影響(変化)を受けやすいことがわかります。

ハイランドは元々ゲール語 (Gaelic) 地域です。ゲール語はアイルランドのケルト人がウィスキーとともにスコットランドへもたらした言語です。ハイランドで広まった英語はイングランド政府関係者によるイングランド南部英語,つまり標準英語なので,エディンバラやグラズゴーなどのローランド(低地地方)の英語とは異なります。

ローランドの英語はアングロサクソン時代のノーサンブリア王国の古英語 (Old English) が,イングランド南部の標準英語のようにフランス語の影響を受けることなく,デーン人(北欧語)の影響を受けて発達した,別の英語です。「スコッツ語」(Scots) と呼びます。以前は文法も違いました。18世紀の詩人,ロバート・バーンズ (Robert Burns) は「蛍の光」の原詩をスコッツ語で書きましたが,そのタイトルは Auld Lang Syne で,英語に逐語訳すれば,old long since となり,意味は good old days「古き良き時代」です。それでもハイランドとローランドの英語の発音には,<スコットランド英語の特徴>という共通点があります。

例えば,語頭の / l / がGBのような「明るい / l / 」ではなく,「暗い / l / 」になります。それもアメリカ英語よりもずっと軟口蓋化が強く,[ w ] のように聞こえます。今回の調査でもこれに変わりはありませんでした。

それから代表的な例として,「スコットランド英語の母音長規則」(the Scottish Vowel Length Rule) が挙げられます。1960年代からエディンバラ大学でスコッツ語の辞書を編纂しながら音韻論の講義をしていたエイケン (A. J. Aitken) が最初に指摘したので,「エイケンの法則」とも呼ばれます。以下のような法則ですが,定説となったのは1973年以降です。

スコットランドの英語には,音素的に長母音と短母音の対立がありません。後続音が有声摩擦音 / v, ð, z, ʒ / と / r / の時には母音が長くなり,それ以外の環境では母音は常に短く発音されます。FLEECE母音 / i / とKIT母音 / ɪ / では,その音価(音質)は区別しても,長さは後続音だけが決め手となります。GBのように有声破裂音 / b, d, ɡ / や有声破擦音 / ʤ / の前で母音が長くなることがないというものです。

しかしながら,今回の収録中の筆者の印象では,GBの影響によるためか,少なくともインヴァネス英語の発音では,FLEECE母音やGOOSE母音 / u / が有声破裂音の前でも短くならず,やや長いように聞こえました。この点は音響分析を踏まえて,近いうちに学会にて発表する予定です。

さて,公園やネス川のほとりの遊歩道も同じ格好で歩きながら,地域の住民たちに話しかけました。特に犬の散歩をしている人たちは会話を嫌がりませんでした。中には自転車で通りかかった非常に親切な人がいて,わざわざ自転車を止めて降りてきて,私に話しかけてきました。何かと思ったら,私のカメラが見えたので,一人だと自分の写真が撮れないだろうと,写真を撮ってあげようと言ってくれました。恐縮してしまいましたが,素直にご好意をお受けしました。撮影の後で少しおしゃべりをさせていただいたところ,その40代の男性が,今回私が出会った唯一のゲール語話者でした。もう20年以上インヴァネスで暮らしているそうですが,ヘブリディーズ諸島のご出身なので,子供時代はゲール語の環境で育ったバイリンガルでした。

あるいは,冗談を言ってくる人もいました。ネス湖でモンスター(ネッシー)に出会う方法を教えてあげようと言われました。その方法はスコッチウィスキーをたくさん飲むことだそうです。

地元なので,ネス湖は話題にしやすかったのですが,面白いことがわかりました。ネス湖 Loch Ness [ ˌlɒx ˈnes ] (ロッホ・ネス)のloch(湖)の発音は,スコットランドではゲール語の名残りで,「ロッホ」です。イングランドなど別の地域の出身者は [ lɒk ]「ロック」と発音することが普通です。ところが地元の人たちとネス湖の話を続けていると,時々,その発音が「ロック・ネス」に代わることがあります。私がすぐに「ロック」と発音することもあるのかと訊いても,インヴァネスでは皆「ロッホ」と発音しているという答えが返って来ます。無意識に「ロック」という発音を使っていたのです。そういう人たちに数人出会いました。自分が言語変容の渦中にいるような気がして嬉しくなりました。

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