発音記号や母音図(母音の調音位置を示す図)を見ながら発音練習をすることは,ただ音声を聴いてまねるという練習よりもずっと効果的です。
しかし,母音と呼ばれる言語音が発出されるメカニズムを知らないと発音記号や母音図もあまり役に立たないことがあります。母音図を参考にして自分の発音が自分で矯正できないからです。
母音のしくみ
まず母音のしくみを理解しましょう。次の舌の形状を描いた図(筆者がフリーハンドで描いたもの)を見てください。
顔の左側から見た断面図です。左側に唇があると思ってください。
黒丸印が母音を発音しているときの舌の最も高い位置を示しています。
左から反時計回りに,緑の形状が [ iː ],水色の形状が [ æ ],青の形状が [ ɑ ],紫の形状が [ uː ],そして中央のオレンジ色の形状が [ ə ] (シュワー,あいまい母音)です。母音の発音はこの位置をターゲットにして練習します。母音のメカニズムがわかれば,日本語と英語の発音を区別して話すことができるようになります。
赤いクレヨンで囲んだ部分が「母音領域」です。
舌の最も高い位置がこの領域から外れると耳障りな摩擦音が発出されてしまうので,そういう音は子音になります。
この母音領域が声道のどの辺りにあるかを次の図で確認してみましょう。
母音領域はだいたい赤いマジックで塗りつぶされた辺りになります。
楕円形のままだと舌の最も高い位置(母音の調音位置)を記述しにくいので,通常は台形を逆さにした「母音四辺形」に書き換えます。
下の図は拙著『イギリス英語音声学』(大修館書店)の p. 206 に示した日本語(NHKの共通語)の5母音で筆者が分析したものです。
こういう母音四辺形は辞書の前付けなどで見たことがあると思いますが,母音のしくみがわからないと宝の持ち腐れになってしまいます。
母音四辺形ではどうして台形の上底が下底よりも長いかと言うと,[ iː ] と [ uː ] の間隔の方が [ æ ] と [ ɑ ] の間隔よりも広いためです。
そして上の図で調音位置の片仮名を囲んでいる記号の違いですが,「オ」の丸印は唇が丸められていること(円唇母音であること),四角印は唇が丸められていないこと(非円唇母音であること)を表しています。
日本語の「ウ」は通常唇を丸めません。ところが英語の [ uː ] と [ ʊ ] は円唇母音です。特に [ uː ] は唇を突き出して発音されます。
英語母音の練習では唇の形状についても気を付けましょう。
参考までに音声学の記述的な母音名称を紹介すると,[ iː ] は「非円唇・前舌・狭母音」,[ uː ] は「円唇・後舌・狭母音」,そして [ ɑ ] は「非円唇・後舌・広母音」と記述・分類します。
このように母音の調印位置は,舌の最も高い位置が<前よりか後よりか>,口(下顎)の開き(口腔の空間)が<狭いか広いか>,そして舌の高さによって程度に差がありますが,唇の形状が<円唇か非円唇か>で正確に記述,そして練習できます。
また1980年代後半以降の英語音声学では,[ iː ] を「FLEECE母音」,[ uː ] を「GOOSE母音」,[ æ ] を「TRAP母音」,[ ɑ ] を「PALM母音」と,その母音をもつ代表的な単語(キーワード)で呼ぶようになりました。とても便利ですから,興味がありましたら最新の英語音声学の本も読んでみてください。英語音声学の知識は発音とリスニングに非常に役に立ちます。
最後にイギリス英語の短母音の母音図も上掲書 (p. 69)から引用しておきますので,じっくりと見て調音位置を研究してください。日本語とはずいぶん違うことが実感できると思います。アプリなどで発音練習を重ねて耳でも違いがわかるようになってください。