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【専修大学三浦先生】割り込みの /r/ と連結母音

folder_openイギリス英語, 三浦先生の英語音声学

­ 英語には母音連続(連母音,hiatus)を避ける傾向があります。日本語にも<春雨>が haru-s-ame,<秋雨>が aki-s-ame のように /s/ を添加して母音連続を回避するような例は若干ありますが,日本語は英語よりもずっと母音連続に寛容です。

 日本語には<愛> ai,<青> ao のように母音だけで成り立っている語もあるので,英語では2語がつながってまで子音と母音が連結して発音されるということが,日本人には不可解に感じられます。

 <Look at it> は英語では /lʊk ət ɪt/ (ルカティ(t))とつなげて発音しますが,日本人(英語の初心者)はわざわざ母音を添加して,lukk-u att-o itto と母音連続を生じさせてしまいます。しかし,英語は母音連続が大嫌いな言語であるということをまず覚えてください。

 GB(一般イギリス英語)には,「連結の /r/(アール)」(linking /r/) と呼ばれる音声現象があります。GBは18世紀末頃までに,子音の前や語末の /r/ が消失した非R音性的 (non-rhotic) な方言です。ですから <card> や <far> の /r/ は発音されずに /kɑːd, fɑː/ となります。GA(一般アメリカ英語)のようなR音性的 (rhotic) な方言には,/kɑːrd, fɑːr/ のように伝統的な /r/ の発音が残っています。

 ところがGBでも <far> に母音で始まる語が後続するときには,/r/ がよみがえります。<far away> は /fɑːr əweɪ/ となります。GAと同じ発音です。「ファーラウェイ」であって,決して「ファー・アウェイ」ではありません。このような現象を連結の /r/ と言います。研究者の好みによって「/r/ の連結」(/r/-liaison) とか「母音連続を隔てる /r/」(separating /r/) などとネーミングはさまざまです。<here and there> や <stir and strain>「かき混ぜて,濾す」(カクテル作りの決まり文句)など例は無数にあります。

 イギリスの元首相だったマーガレット・サッチャー氏 (1925-2013) は,イングランド中部のリンカーンシャー州にあるグラマースクール(公立の中高一貫進学校,授業料無料)を経て,オックスフォード大学へ進みました。当時「容認発音」(RP) と呼ばれていたイングランドのパブリックスクールの共通発音を大人になってから習得しました。

 さて,ここからが本題です。

 <I saw it> の発音はどうでしょうか? GA話者は <it> をとても短く発音しますが,<saw it> /sɑː ɪt/ の母音連続を許容します。しかし,多くのGB話者は,無意識のうちに /r/ を添加して,<saw it> /sɔːr ɪt/ と発音してしまいます。GB話者は <drawing> も /drɔːrɪŋ/ となってしまいます。

 20世紀のうちは,このようにつづり字に <r> がない語の場合,母音連続を避けるための /r/ の添加は,規範的ではないとみなされてきました。「割り込みの /r/」(intrusive /r/) と呼ばれています。昔の訳語は「嵌入(かんにゅう)の /r/」でした。ところがパブリックスクール(私立名門校,授業料が非常に高い)で教育を受けて,名門大学を卒業した人たちは皆,このように話していました。

 Rogers (2013, p. 74) によれば,大人になってからRPを習得した人の発音には,割り込みの /r/ は全く見られないそうですが,サッチャー氏は一貫して割り込みの /r/ を使っていたそうです。これは一種のオシャレというか見栄のようなもので,こうすることによってイギリスでは育ちの良さが醸し出されます。<law and order> をしばしば割り込みの /r/ を入れて /lɔːr ən ɔːdə/ (ローラノーダ)と発音したので,彼女は Laura Norder (名・姓)と呼ばれて冷やかされたそうです。しかし,彼女は生前にウェストミンスター(国会議事堂)内のロビーに銅像が立つほど,偉大な「鉄の女」でした。

つづり字に <r> がないのに連結の /r/,従来の用語では,割り込みの /r/ が生じる母音音素は,シュワー,PALM母音,THOUGHT母音の3つだけです。シュワーは,GBでは強勢を伴わない弱音節にしか生じないので,<over, teacher, doctor> のように多くの語のつづり字に <r> が付くことにすぐに気付くでしょう。

 21世紀になって英語音声学(どちらかと言えば,音韻論)の研究も発展しました。

 割り込みの /r/ は,決して非難されるような発音ではなく,必然的な発音であることがわかりました。シュワー /ə/ を含む7つの母音音素を「連結母音」(liaison vowel, Carley et al. (2018); linking-r vowel, Lindsey (2019)) という1つのグループにまとめました。

 連結母音とは,シュワー /ə/,PALM母音 /ɑː/,THOUGHT母音 /ɔː/,NURSE母音 /ɜː/,SQUARE母音 /ɛː/,NEAR母音 /ɪə/,CURE母音 /ʊə/ の総称です。これらの母音音素のキーワードのうち,nurse, square, near, cure にはつづり字に <r> が含まれていて,そのようなつづり字であれば,非R音性的方言であるGBに連結の /r/ が生じることはすぐにわかります。例えば,NURSE母音であれば,<purr>(のどを鳴らす)の動名詞である purring では /r/ が発音されます。

 PALM母音とTHOUGHT母音は,GBが非R音性的方言に変容した結果として,つまり,母音の直前ではない位置の /r/ が消失したために,次第にこれらの母音音素に融合して(まとまって)いったのです。R音性的なGAの <car> の発音から /r/ を除けば,PALM母音になるでしょう。THOUGHT母音については,/r/ が消失して一世紀以上経った20世紀の初めまで,<force> には /ɔə/ の発音が残っていました。

 以上のように連結母音の音素は,つづり字に <r> を持つ語と持たない語が同じ音素にまとまったため,母語話者の頭の中には <r> が潜んでいるのです。従って,割り込みの /r/ は,《割り込み》ではなく,連結の /r/ に過ぎないのです。

 Geoff (2019, pp. 88—89) から3つの母音の連結の /r/ の例を一部引用しておきます。

After schwa:

idea/r/of it, data/r/ analysis, Obama/r/ administration

After PALM:

grandma/r/ and grandpa, Omaha/r/ insurance, spa/r/ and massage

After THOUGHT:

law/r/ enforcement, gnaw/r/ on a bone, thaw/r/ it out

 イギリスの大学数が100校を超えたのは1990年代のブレア政権の時だったと記憶しています。20世紀のRPの時代にはイギリスの大学数はその3分の1程度でした。親が大学卒である家庭に生まれたイングランドの子供は,母語としてRP (GB) を獲得しましたが,自らの文法獲得の過程で,上記の母音音素を無意識に分類していたことでしょう。そのために文字にとらわれることなく,連結の /r/ ,従来の呼称では,割り込みの /r/ が使えたのだと思われます。偉大なサッチャー氏は別として,大人になってから RP を習得した人は母語話者ではなく,学習に基づいているために,つづり字にとらわれてしまうのでしょう。

参考文献

Carley, P., Mees, I. M. & Collins, B. (2018). English Phonetics and Pronunciation Practice. Abingdon: Routledge.(邦訳『イギリス英語音声学』2021, 大修館書店)

Lindsey, G. (2019). English After RP: Standard British Pronunciation Today. London: Palgrave Macmillan.

Rogers, H. (2013). The Sounds of Language: An Introduction to Phonetics. London: Routledge. (First published 2000, Harlow: Pearson Education.)

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