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【専修大学三浦先生】 英語の到来と変容

folder_openアメリカ英語, 三浦先生の英語音声学

イギリスの正式名称は「大ブリテン島及び北アイルランド連合王国」と言いますが,大ブリテン島 (Great Britain) では初めから英語が話されていたのでしょうか? いいえ,大ブリテン島の先住民族はケルト系民族の「ブリトン人 」(Briton) ですから,その初めの言語は,現存するフランスのブルターニュ語やイギリスのウェールズ語の祖語に当たる,「ブリトン語」(Brythonic) です。

 

大ブリテン島の南部(ブリタニア,現在のイングランド地域)は,西暦紀元後43年から410年頃まで,ローマ帝国の支配を受けました。それはローマ軍による武断統治でした。そして大陸では,4世紀半ば過ぎ頃,フン族(匈奴)が中央アジアから東ヨーロッパへ襲来してきたために,ゲルマン民族の大移動が再び始まりました。脅威を感じた西ローマ帝国はブリタニアを放棄しました。

 

ローマ軍が撤収してしまうと,ブリトン人の王,ヴォーティガン (Vortigern) は,大ブリテン島の北部(現在のスコットランド地域)にいたピクト人の襲撃からブリトン人を守るために,ゲルマン系民族のアングロサクソン人(アングル人,サクソン人,ジュート人)を傭兵としてイングランド地域へ招聘しました。

 

傭兵のリーダーは,ヘンギスト (Hengist) とホルサ (Horsa) というジュート人の兄弟で,その最初の上陸は449年だったと伝承されています。このような伝承は,聖ベーダ (Saint Bede) がイングランド北東部ジャロー (Jarrow) の修道院で,図書室の資料を基にして,ラテン語でまとめた『英国民教会史』が基になっています。

 

アングロサクソン人の傭兵たちは,ピクト人を打ち破った後,さらに兵士の追加をブリトン人に認めさせました。そして彼らはドイツ北部の北海沿岸地域から大ブリテン島に移動を開始しました。彼らの本当の狙いは大ブリテン島の侵略でした。ちなみに,ヴォーティガン王はヘンギストの娘,ロウィーナ (Rowena) と結婚しました。

 

彼らの言語は,「西ゲルマン語」の1つである「古低地ドイツ語」の諸方言でしたが,現在では,それが大ブリテン島に渡った時点(449年)から「英語」(English) と分類されます。これが英語の始まりです。

 

アングロサクソン人が自分たちのことを「イングランド人」(Ænglisc, / ˈæŋɡliʃ /) と呼ぶようになったのは9世紀からで,その頃から彼らの言語も「英語」と呼ばれるようになりました。今では初期の英語(449年~1100年頃の英語)は「アングロサクソン語」(Anglo-Saxon),あるいは「古英語」(Old English) と呼ばれています。

 

『英国民教会史』はイングランドで最初の通史ですが,聖ベーダは修道院での神への奉仕(労働)として一人で執筆しました。その成立年は731年頃で,日本最古の勅撰による歴史書,『古事記』(712年) ,『日本書紀』(720年) とほぼ同時期です。

 

やがて,アングロサクソン人は,ブリトン人をウェールズ,コーンウォール半島(イングランド南西端),あるいは,イギリス海峡を越えた対岸の小ブリテン(Lesser Britain, ブルターニュ半島)へと追い遣りました。その抗争の歴史からブリトン人の英雄,アーサー王の伝説も生まれました。

 

それでは,どうしてアングロサクソン語が現在の英語へと変化したのでしょうか? 言語の変化は音の変化から始まります。言語の発音は使われているうちに変化します。個々の単語の発音から変わっていきます。その音変化には,「発音し易さ」,「明瞭さ」,「言い間違え」,「流行」等々の理由があります。

 

その変化した単語の発音が広まっていくメカニズムは,「過少修正」(hypocorrection; Salmons 2021, p. 11, Ohala 2003) という説で説明できます。話し手の誤った発音やぞんざいな発音を聞き手が修正しないで,そのまま認めてしまえば,その聞き手は話し手となってその発音を使用し,その発音が拡散されるという考え方です。

 

このような変化が生じる集団は,家族,近隣住民,地域,社会階級,性別,民族性とさまざまですが,その集団の言語が「方言」と呼ばれるものです。そして異なる方言話者同士の言葉が通じなくなると,もはや方言ではなく,別の「言語」となってしまいます。

 

アングロサクソン人が大ブリテン島に侵攻し始めた頃の古低地ドイツ語は,イギリスでは英語になりましたが,大陸では,地域ごとに独自の変化を遂げて,「オランダ語」,「フリジア語」,「現代低地ドイツ語」など個別言語へと発達しました。

 

大ブリテン島南部のイングランドでは,1066年の「ノルマン人の征服」(Norman Conquest) 以後,約300年間,公用語がフランス語となったために英語は大きく変わりました。征服王ウィリアム1世は,1066年のクリスマスの日(12月25日)にウェストミンスター寺院で戴冠し,イングランドの首都をウィンチェスターからロンドンに移しました。

 

ウェストミンスター寺院は,ウェセックス朝(アングロサクソン系)最後のイングランド王となった証聖王エドワード (Edward the Confessor) が再建したばかりの教会でした。また,ロンドンは元来ローマ帝国の進駐軍が建設した町です。

 

ノルマン人の征服による変化が顕著となった,1150年頃から1500年頃の英語を「中英語」(Middle English),そして,ルネサンス(ギリシャ語とラテン語)の影響,植民地支配による他言語からの語彙流入,及び活版印刷の発明による英語の標準化等々による変容した英語,1500年以降の英語を「近代英語」(Modern English) と分類します。

 

ただし,これは標準英語となったイングランド南部の英語の歴史であって,大ブリテン島の北部では,アングロサクソン七王国時代のノーサンブリア王国のアングロサクソン語が,フランス語の影響を受けずに,代わりに,デーン人の侵入以来の北欧語の影響を受けて,スコットランド英語(正式には「スコッツ語」 (Scots))として発達しました。

 

英語の発音には,長い長い歴史と文化が秘められています。ご興味があれば,音声学と併せて,英語史や歴史言語学の書物を紐解いてみてください。

 

 

 

参考文献

ベーダ, St Bede the Venerable. (2008).『英国民教会史』(高橋博訳),講談社.

Culpeper, J. (2015). History of English (3rd ed.). Abingdon: Routledge.

Ohala, J. J. (2003). Phonetics and historical phonology.

In B. D. Joseph & R. D. Janda (Eds.), The Handbook of Historical

Linguistics (pp. 669–686.). Oxford: Blackwell.

Salmons, J. (2021). Sound Change. Edinburgh: Edinburgh University Press.

Trask, R. L. (1994). Language Change. Abingdon: Routledge.

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