<英語発音のポイントを学べる>大人気『発音クリニック』5月の日程公開!(5月21日&5月28日)

【専修大学三浦先生】 アメリカ英語の始まり

folder_openアメリカ英語, 三浦先生の英語音声学

 アメリカ英語は始めからアメリカ英語であったわけではありません。17世紀以降のイギリス英語の諸方言が「植民地英語」(colonial English) として伝わって,他方言との接触,他言語との接触などを繰り返して形成されたものです。ゴールドラッシュと西部開拓はさまざまな英語使用の混合を生じて,アメリカ英語の変化に大きな影響をもたらしました。それでも現在のアメリカの地域方言には,最初の移住者の英語方言特徴が残されています。

アメリカの標準英語(一般アメリカ英語)では,car, dark などの語末(音節末)の r を発音します(R音性的方言)。イギリスの標準英語ではそれを発音しません(非R音性的方言)。しかし,イギリスの標準英語が非R音性的方言として確立したのは18世紀後半以後のことです。

現在のアメリカでも北東部のボストンやニューヨークの発音はイギリス英語に似ているとよく言われます。それはなぜかと言うと,非R音性的方言だからです。しかし,英語がイギリスからボストンやニューヨークに渡った時(17世紀)のイギリス英語は,ほとんどの方言がまだ非R音性的方言ではありませんでした。

ロンドンの地域方言であるコックニーは,50年経てばイギリスの標準英語になるという話を聞いたことがあります。確かに現在の一般イギリス英語は,母音と母音の間の t を声門閉鎖音で代用したり,MOUTH母音 aʊ を æʊ と前舌化して発音したりして,それらの発音に関する限り,まるで20世紀のコックニーのようです。

16世紀末から17世紀初めにシェークスピアの演劇が初演された頃の英語は初期近代英語です。20世紀初頭に音声学者ダニエル・ジョーンズが発表したシェークスピア初演の頃の再現発音(発音記号)でも,R音性的方言であることを明示しています。しかし,植民地英語としてのアメリカ英語の発祥を研究すると,現在のシェークスピア演劇の上演のように,当時のグローブ座でもシェークスピア演劇は俳優が非R音性的な発音で演じていた可能性が推測されます。つまり,当時のコックニーには非R音性化が生じていたのかもしれません。

現在のアメリカにおいて非R音性的方言の地域はどこでしょうか? (1) ヴァージニア州のタイドウォーター地域 (Tidewater),(2) ニューイングランド東部(ボストンとニューヨークを含む),(3) サウスカロライナ州の3カ所です。

(1) は1607年にイギリス最初の植民地として成功したジェームズタウン(ヴァージニア植民地)の地域です。ロンドンの特許会社であるヴァージニア会社が入植しました。

(2) はピューリタンの入植地。1620年にメイフラワー号で海を渡ったピルグリム・ファーザーズたちがボストンの南に建設したプリマス植民地に始まり,大きなマサチューセッツ植民地に発展した地域です。上記 (1) と (2) には首都ロンドン,及びその周辺(イングランド南東部)の人々が多かったと言われています。

アメリカ英語のような植民地英語には,文法にも発音にも「開拓者効果」(founder effect) が見られます。時間の経過とともに言語は変化しますが,最初の入植者集団の方言特徴が永続性のある痕跡として残されます。これが開拓者効果であり,言語のレガシーなのです。当時のコックニーではすでに語末の r を発音しなくなっていたのではないか,と推測されるゆえんです。

(3) では非R音性化が生じた経緯が異なります。ここでは1670年にチャールストン植民地が建設されました。プランテーション(大規模農業経営)のために,最初の植民者はイングランド,ウェールズ,アイルランド,フランス(ユグノー),オランダから集まりました。さらにマサチューセッツのバプテストとルイジアナのクエーカー教徒も加わりました。労働者はアフリカ西海岸とカリブ海地域から集められました。この地域の英語はクレオール (Creole) だったようです。

18世紀になるとチャールストンでは白人よりも黒人の方が多くなりました。現在のアフリカ系アメリカ英語 (AAE, AAVE) も非R音性方言ですが,非R音性化は言語接触によってももたらされます。

言語の変容には「最小労力の原則」(principle of least effort) という傾向も見られます。通じるなら発音は楽な方がよい,それが自然に選択されるという原則です。R音性方言のアメリカ英語で,語末の r を舌を後方へ引いた「盛り上がり舌の r」 (bunched r) で発音するのはその1つです。母音と母音の間の t を有声化させて,ラ行音のように発音するのもその1つです。しかし,同じ最小労力の原則でも,イギリスでは母音と母音の間の t を声門音化させました。

現在の一般アメリカ英語は,方言の混合 (mixed dialect) と最小労力の原則によって,18世紀後半以降にアメリカで独自に発達した英語方言の集合体です。

参考文献

Trudgill, P. (2004). New-Dialect Formation. Edinburgh: Edinburgh University Press.

Wolfram, W. & Schilling, N. (2016). American English: Dialects and Variation (3rd ed.). Oxford: Wiley.

関連記事

ブログ・更新情報

メニュー